「マザーレタープロジェクト」というのがある。
刑務所の中の人が社会と繋がれるように、塀の外にいる人との文通を行う、NPO主催のプロジェクトだ。
私はそれに参加していて、もう1年近く見ず知らずの塀の中の方からお手紙をやりとりしているのだけど、当然ターの話もさせていただいた。
すると私の文通相手のSさんは、
「今すぐうかがえないのが無念で仕方ないけど、ただただ話を聞いて寄り添いたいです」
と言ってくれた。
「寄り添ってくれる」ことがどんなに有難いことか。
そして、Sさんはきっと致し方ない理由で刑務所の中にいるんだろうなと思う。
他人から見たら、なぜどんどん自分の苦しい方向に行ってしまうの?どうしてそっちを選ぶの?という人間というのは、いるものだ。
ターのように。
手紙は独白の場だと言ってたのは三島由紀夫だっけ。
ぺらぺらと話せるのは、刑務所の中の人だから、見ず知らずの方だからと気構えずにやりとりできるのは文通という古風なコミュニケーション方法だからかもしれない。
最初は興味本位、何か自分にできたらというちょっと上から目線のボランティア精神で始めたこの文通プロジェクトだけど、いつの間にか対等な目線で、いまは私の方が慰められている。
こういう出会いとか小さないいことは人生を変えることはないけれど、こういうことがあるから生きていける気がする。